連載:神戸新聞「随想」 2017年8月22日
「歩」から「と金」へ
将棋の駒の中で1番弱い「歩」。前に1歩ずつしか進めません。私はこの歩の駒を見ていると、ついつい我が家の末っ子の姿と重ねてしまいます。
4月に小学校に入学したばかり。お姉ちゃんが二人いるので、「きっと大丈夫」と高をくくっていたのですが、読み通りにはいかず・・・。学校や学童保育など、新しい環境で毎日頑張っている反動からなのか、「ママは読んだらすぐに来て!」なんて、以前にも増して生意気で甘えた態度をとるようになりました。
そんな彼ではありますが、「お、少し大きくなったな」と感じることもあります。それは、彼が将棋大会に出て1勝もできなかった日のこと。夫に電話で報告していたとき「結果なんてどうだっていいんだよ。よく5回もいやにならずに指したな。えらかったな」と言われ、我慢していたものがあふれたのか、ポロポロと大粒の涙をこぼして「うん」と力強くうなずいていました。
将棋には投了というものがあり、自ら負けを認めて「負けました」と言わなければなりません。ちょっと厳しい将棋のルールですが、反対に、将棋はたくさん負けることもできるし失敗することができるゲームとも言えます。負けや失敗を次に生かすということを、将棋を通じて感じ、成長してほしいなと思っています。
将棋で自分の駒が相手の陣地に入り、裏返すことを「成る」と言います。成長の「成」の字です。歩の最大の特徴は、成ることで「金将」にも勝る高い価値を持つ「と金」に変身することです。「一歩千金」。1つの歩が、千枚の金の価値になることがあるという格言です。
子どもたちの一歩一歩がいつしか、「と金」へと成長することを願い、最後の随想を終わりにしたいと思います。
この記事は、神戸新聞「随想」にて、中倉彰子が寄稿したものと同じ内容のものを掲載しております。
:『神戸新聞』2017年4月26日 夕刊
本連載は、毎回将棋の駒にまつわるエピソードを書いています。
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