連載:全国将棋道場巡り 2018年11月14日
子ども教育と観光資源、地域で2つの役割を担う大山将棋記念館(愛称 王将館)
女流棋士中倉彰子が全国の将棋教室・将棋道場をめぐる全国将棋道場めぐり、今回は青森県上北郡おいらせ町にある大山将棋記念館(愛称 王将館)を訪れました。今回お話を伺ったのは、おいらせ町教育委員会社会教育・体育課課長田中貴重さん(以下田中さん)とおいらせ町教育委員会社会教育・体育課主任主査深澤典彦さん(以下深澤さん)。お二人とも将棋有段者の腕前で将棋をよく知っていることから、将棋関係のイベントなどを任されているそうです。
地域の文化と観光の推進、そして、地域の子どもたちの人間形成の場として建設した大山将棋記念館と将棋のまち、おいらせ町のあゆみについて詳しく話していただきました。
地域の人々の将棋への愛と情熱により大山将棋記念館が誕生!
彰子:このような施設が建設されたきっかけについて教えてください。
深澤さん:大山将棋記念館の始まりは昭和61年。非常に将棋熱心な中戸俊洋さんが、伝説の名人大山康晴先生との関わりと収集した将棋にまつわる貴重な品々を展示するために、私財を投じてつくられたのが、今の大山将棋記念館の前身にあたる百石町(合併前のおいらせ町の旧名)将棋資料館でした。1度の移転を経て、平成元年に民間が運営する大山将棋記念館となったのですが、貴重な資料の管理保全を図るため常時の開館を休止しました。
しかしながら、地域の中で貴重な資料を文化振興・地域振興に活かしたい・後世にも伝承したいという地域の方々の意見や要望などもあって、平成17年8月に、旧百石町に、公共施設としての大山将棋記念館が完成しました。開館から今年で13年、今では寄贈していただいた品々の展示のほか、様々なイベントや将棋教室の開催を行っています。
彰子:1度閉館してしまったものを、公共施設として再開させるというのは、一筋縄ではいかなかったのではないでしょうか?
田中さん:大山将棋記念館のオープンは平成17年ですが、オープンに向けての動きはその3年前からありました。例えば、これまでおいらせの町に観光資源と呼べるものがなかったので、倉敷市や天童市に観光の要素を視察・検討しに訪れたり、色んな事案について議会で承認を頂き、建設にいたりました。
また、今でこそ、将棋は空前のブームとなっていますが、以前までは将棋に関心のある人・ない人で別れており、私たちがこのような施設を建設することにおいて疑問を呈する人もいました。
ただ、こうした中でも、将棋をただ広めるだけではなく、教育的視点から、将棋を子どもたちの心や人間形成に役立てたいという志と、同じベクトルを持つ人がいてくれて、私たちの背中を押してくれたような気がしています。おいらせの町で暮らす方々の将棋愛があったからこそ、完成まで辿り着くことができました。
今となっては、地域の皆さんが大山将棋記念館ができてよかったと思ってくれていると思います。
「子ども教育」と「観光資源」、将棋の二つの可能性
彰子:「子ども教育」と「地域活性」、2つの効果が大山将棋記念館、将棋のまちおいらせ町の大きな意義になっているんですね。
田中さん:特に将棋の「子ども教育」という側面には私も注目しています。以前に町の校長先生から、あまりにも寡黙で、思わず将来が心配になってしまうような児童がおり、相談を受けていました。そんなお子さんが小学校5年生の時に将棋を始めたところめきめきと上達し、小学6年生の頃には初段になりました。そして、そのお子さんにとって何がよかったかというと、もちろん将棋という特技ができたこともそうなのですが、そのことにより自分に自信が持てるようになったことです。小学校卒業後は、中学・高校とさらに棋力を上げ、それに伴い成績も伸び、志望する都内の有名私立大学にも進学しました。
将棋は他のボードゲームにも増して一生懸命考えるゲームですから、将棋により学力が向上するということも納得するのですが、将棋の教育的効果には、計り知れないものがあるのではないかと感じております。
彰子:それは素晴らしいですね。地域資源としての将棋はどうですか?私個人的には、毎年おいらせ町で開催されている「全国将棋まつり」というイベントがすごく気になりました。
田中さん:「全国将棋まつり」は、将棋資料館の設立と同年の昭和61年に、特にイベントも観光資源もない百石町(おいらせ町の合併前の地名)で、将棋を始めて観光資源として捉えた試みです。当時、せっかくなら、このイベントを全国に向けて発信したいとの思いでこの名前をつけたようです。
また、子どもを中心にイベントを構成しているという点でも、他のおまつりとは異なるように工夫しています。例えば、天童で有名な人間将棋、おいらせでは地元の小学生や将棋教室に通う子どもたちが将棋の駒に扮します。子どもが来れば、一緒にお父さんお母さん、そしておじいちゃんおばあちゃんも一緒に来ます。将棋の普及には最適です。子どもはまちの宝なんですよね。
また、今年からはプロ棋士の方に目隠し将棋で対局をしたものを、人間将棋で再現しています。ショッピングモールでの会場ですので、吹き抜けで上の階からみることもできます。
よりたくさんの方に「全国将棋まつり」を楽しんでいただけるように、毎年工夫をこらしならが、企画運営をしています。
彰子:人間将棋といえば、天童、姫路あたりが有名ですが、最近では、ツイッターなどでおいらせの写真が流れていて、「おいらせの人間将棋」に興味を持っていたところでした。参加者の皆さんに楽しんでもらうために色んな工夫をされているんですね。
「将棋の楽しさ」を体験できる場所
彰子:田中さんが考案したオリジナルの詰将棋があるそうなんですが!?
田中さん:詰将棋といえば、持ち駒が決まっているのですが、この詰将棋は、盤上にある駒以外は全てこちらの王将BOXに入っており、自分が引いた駒を使って相手を詰ませるゲームです。通常盤と違って、運により左右されることがあるという点で将棋にエンターテイメントの要素を加えました。
彰子:すごく楽しそうですね。特に将棋を始められたお子さんには、運の要素も大事だと思います。「王手の練習」にもなりますね。
先ほど、ゆっくりと大山将棋記念館の館内を見させていただいたのですが、様々な将棋の展示やシアターがあったり、木の温もりが感じられる空間だったり、図書が充実していたり、先ほどの詰将棋同様に、まちの将棋関連事業に携わる人の「将棋を楽しんでほしい」という思いが伝わるような工夫がたくさん見受けられます。
田中さん:将棋にそこまで興味がない方も入ってもらえるように工夫しています。観るよりも、指してもらったり、触ってもらったり、自分の体感につながっていくと思うので。できるだけたくさんの方に触ってもらえるような工夫をしていきたいなと思っています。倉庫に眠っていた書籍も全部だしました。実際に触ってももらうことで、本も生きるし、将棋を自分の体験として感じてもらうことができます。その体験こそが将棋に興味を持ってもらったり実際に将棋を始める上で重要だと考えています。
彰子:いつつのイベントでも、名人戦の盤駒を子どもたちに実際に使ってもらっています。体験する・体感するということが、感受性が豊かな子どもたちにとっていい刺激になりますよね。
編集後記
今回初めておいらせ町の将棋記念館を訪れました。じつはおいらせ町では、毎年1局女流の対局が行われます。大山名人出身の地「倉敷市」でタイトル戦が行われる「倉敷藤花戦」のベスト8の対局の中から1局だけ、このおいらせ町での対局が行われるのです。今年は、上川二段と石本初段の対局だったそうで、その対局場も案内していただきました。庭園もあり心を落ち着けて対局に集中できそうな素敵な環境でした。館内には、プロ棋士の色紙なども数多く飾られています。
対局場の近くに、大山将棋記念館があります。館内に入った瞬間、素敵な将棋ワールドで、興奮しっぱなしでした、笑。将棋ファンの隠れた聖地(隠さなくてもいいのですが!?)ですね。木のぬくもりで、天窓の明るい入り口。自由対局スペースもあり、土曜日はここで子ども教室が開講されるそうです。取材をしていると、もう町の方が一人二人と集まって将棋を指し始めていました。「午後から皆さん集まってきますよ」と館内の案内の女性の方が教えてくれました。現在50人くらいエントリーしていそうで、地元の方が指導をしているそうです。大きな駒や、詰将棋も壁に貼ってあり持って帰ることことができる工夫があります。将棋好きな子どもはここでずっと対局したり問題を考えたり一日ずっと過ごしてしまうだろうなー。
奥へ入ると、今年から無料になったという資料館へ入れます。日本の将棋の歴史や世界の類似ゲームが展示されています。そして奥には「高野山の決戦シアター」があります。大山名人と升田先生の対局が短い時間ですがわかりやすい解説で鑑賞できます。升田先生の有名な「錯覚いけないよく見るよろし」という有名な言葉が残された対局だったのですね。大山名人のタイトル戦の足跡、色紙、など貴重な写真や資料が、わかりやすく展示されています。
今回お話を伺った田中さんも、子供の頃、大山名人記念館の前身の将棋道場で、大人に混じって将棋を指していたそうです。町の人たちの交流の場がここにはあるのですね。おいらせ町の「将棋を通じて、こどもたちの教育、心の醸成していきたい」という想いは、私も子ども教室でも常に心がけているところです。将棋の教育的視点に力をいれ運営しているおいらせ町の試みをこれからも注目していきたいと思いました。
施設データ
道場名称 | 大山将棋記念館(王将館) |
場所 | 青森県上北郡おいらせ町下前田144-1 |
営業時間 |
午前9時〜午後5時 |
大山将棋記念館で、いつつのオリジナル将棋グッズも購入できます!
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風呂敷のように包めて、どこでも将棋が楽しめる1枚布の風呂敷将棋盤「どこたま」
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