連載:全国将棋道場巡り 2016年11月22日
子どもたちと向かい合って〜山科・小野将棋教室〜
いつつブログの人気シリーズ「全国将棋道場巡り」。9回目となる今回は、京都市山科区にある「山科・小野将棋教室」にやってきました。 同教室を開校したのは、日本将棋連盟京都府支部連合会会長でもある小野巌さんです(以下小野さん)。小野さんはこれまで将棋教室の運営のみならず、多様な将棋イベントの実施や、海外との交流など多岐にわたり将棋普及のために尽力されてきました。 取材日当日も将棋の柄があしらわれたトレーナーを着ていて、「心から将棋のことが好きなんだなぁ」と、とても心強く思いました。
大人になって実感する将棋のいいところ
中倉彰子(以下彰子):「小野さんが将棋を始めったきっかけは何ですか?」
小野さん:「私が将棋と出会ったのは5歳くらいの時、祖父から教えてもらったことがきっかけです。小学校の頃は大人たちに混じって縁台将棋などでよく指していたのですが、中学校の時に1度途絶えてしまい、高校に入学してから将棋同好会を立ち上げ、再び将棋に触れるようになりました。高校を卒業してからは企業に入社して、将棋部に入部し、そこで師匠でもある橋本四段と出会い、橋本四段の紹介で南口八段(当時)の将棋教室へ通うようになりました。」
彰子:「プロ棋士から指導を受けていたのであれば、小野さんの棋力もかなりのものじゃないですか?」
小野さん:「南口先生には2枚落ちから教えてもらっていました。確かに、会社の大会で優勝したり、京都・滋賀の団体戦で40年連続で出場したりしていましたね。たぶんそんな人は私くらいしかいないと思います、笑」
彰子:「企業の将棋部でご活躍されていた小野さんが、子どもを中心に将棋の普及を行おうと思ったのはいつ頃ですか?」
小野さん:「50になる頃から定年後は将棋の普及に努めたいという思いが強まり、58で将棋指導員の資格を取得し、59歳で山科・小野将棋教室を開校しました。今になって実感することなのですが、私が60の定年まで勤め上げることができたのは将棋があったおかげです。最初は幼稚園児の子が一人来てくれたのですが、その子が今ではもう大学生です。」
彰子:「今ではたくさんのお子さんを指導している小野さんも、最初は一人からだったんですね。ところで、小野さんはご自宅である山科・小野将棋教室以外でも、子どもを対象に将棋の指導を行っていると聞いています。」
小野さん:「はい。ここの近くにももやま児童館というところがあるのですが、年に2回15回の講座を開いています。人数は毎回定員が50人です。」
彰子:「その講座には駒の動かし方が分からないというお子さんも来られますか?」
小野さん:「はい、いらっしゃいます。個人差はありますが、15回のうちに大体の子が将棋を指せるようになりますよ。ただ私が大切にしているのは、子どもたちの棋力を上げることだけではありません。大きな声で挨拶することや、教室に来たら名札をつけること、休むときには事前に連絡すること、他人に迷惑をかけないことなど、当たり前のことをちゃんとするように第1回のときにきっちり伝えるようにしています。せっかく全体が上手くいっていても50人のうち1人2人がちゃんとしないと、周りに影響が出ますからね。」
彰子:「小野さんはすごく穏やかな雰囲気ですが、言うときはビシッと言う感じなんですね。」
小野さん:「私がいつも子どもたちにいつも伝えていることなんですが、将棋には社会人になったときに『やっててよかった』と思えることがいっぱい詰まっているんですよね。例えば考える力や相手を思いやる心が身についたり、将棋は自分と相手が交互に駒を指しますが、自分の言い分を一つしたら相手の言い分を一つ聞くといったことも学べます。私自身も会社員時代に何度か仕事を辞めてしまおうと思ったことがあったのですが、その度に『今の苦境を耐えていれば、きっとそのうちいい局面が訪れる』と最後まで諦めずに定年を迎えることができました。」
彰子:「確かに、将棋をしていれば最後まで諦めないことの大切さが身にしみて分かるようになりますね。」
小野さん:「伝統文化としての将棋を継承していくことも重要ですが、私は道徳教育の一環として子どもたちに将棋を知ってもらい、継続してほしいとも考えています。なので、本当は学校の授業として将棋を組み込んでほしいのですが、現状それは難しいので、今は児童館での活動に注力しています。」
将棋で地域交流!?アイディアがいっぱい詰まった将棋イベント
彰子:「小野さんは児童館で将棋教室以外にも、イベントなど様々な活動でご活躍されていると伺っています。」
小野さん:「毎年児童館とタイアップして、京都子ども将棋交流会を行ったり、会津若松市に将棋の盤駒を寄付したりしています。ちょうど来年に大政奉還150周年の記念イベントがあるので、その1つとして会津若松の親子を招待して将棋を通じた交流ができればと思っています。」
彰子:「京都子ども将棋交流会では大会もあるんですよね。」
小野さん:「前回は東本願寺の敷地内にある町の交流拠点で224人の子どもたちが集まって大会を行いました。昨年の優勝者は女の子で、優勝するまでに7回も勝ちましたよ。」
彰子:「将棋大会は日ごろの練習の成果を披露する場にもなるので、子どもたちのモチベーションも上がりますよね。」
小野さん:「このように大々的に、大会やイベントができるのはスポンサーについてくれる人がいるおかげです。私がさっき話したような将棋の良さについて語ると、共感してくださる方がいて、とてもありがたいです」
彰子:「きっと小野さんの熱意が相手に伝わったんだと思います。イベントの他にどんな活動をしておられますか?」
小野さん:「手前みそですが、夏休みの将棋合宿は自慢できるものだと思っています。1泊2日の合宿なのですが、今年の夏は過疎地域の休校中の小学校で開催しました。将棋がたくさんできることや、水遊びやバーベキュー、アスレチックなど普段あまりできないことをみんなで体験できるというのももちろんいいのですが、今回の合宿では、何より地域の人と繋がれたことが1番良かったと思っています。例えば、小学校で寝泊まりしているので、お風呂やシャワーがないわけなのですが、それをご近所の方の御宅にお邪魔して借りました。民家といえども田舎なので築100年近くやそれを超えるような家が多く、まるで昭和にタイムスリップしたような気分が味わえました。また、そこに暮らす人たちと話をできたことが子どもたちにとっていい思い出になったと思います。」
彰子:「アイディアがたくさん詰まった合宿ですね」
小野さん:「将棋を通じたまちおこしみたいな感じですかね。通常、将棋の合宿はホテルなどで行うのですが、そこでは体験できないことがたくさんあったと思います。当日は教育長や区長も来てくれたし、参加した子どもたちの親御さんにもとても喜んでもらえました。しかし、一方で寝具を人数分揃えなくてはいけない、コンビニが近くにないなど苦労した面もありましたが、笑」
彰子:「合宿にはどのようなお子さんが参加されていましたか?」
小野さん:「将棋連盟のHPから告知したのですが、京都府とそれ以外からで半々くらいになりました。中には東京や北海道といった遠方から参加してくれた子もいました。」
将棋を通じ海を越えた文化交流
彰子:「確かに大変そうですね、笑 合宿が終わった後はホッとされたんじゃないですか?」
小野さん:「私は個人的に上海の許建東さんと繋がりがあり、その関係で将棋教室の子どもたちを連れて毎年上海に行くのですが、上海ツアーと同じくらい大変でしたよ、笑」
彰子:「私もこの全国道場巡りの企画で許さんのところにお伺いました。小野さんと許さんが知り合うことになったきっかけはどのようなものでしたか?」
小野さん:「1999年くらいだったと思うのですが、ある日日経新聞を読んでいると『上海で日本将棋熱烈普及』という記事がありました。最初この記事を読んだとき本当かな?と思ったのですが、疑う前に1度自分の目で確かめてみようと思い、将棋連盟に問い合わせて許さんに取り次いでもらいました。政治的なこと、環境的なこと、日中間でいろんな問題はありますが、それらを抜きにして、純粋に将棋を通じた国家間の文化交流をしたいと思いました。お話いたところ、許さんが快く私の思いを受け入れてくれて、それ以来毎年上海と日本で交流しています。」
彰子:「すごい行動力ですね」
小野さん:「やりたいことはその時やっておかないと、次がいつ訪れるか分からないですからね。私は何事も常に一期一会だと思っています。」
彰子:「小野さんは将棋指導員から指導師範になられたとお伺いしています。これまで数え切れないほどのお子さんを指導してきた中で、印象に残った卒業生のエピソードなどはありますか?」
子どもたちが将棋の礼儀作法意識するための小さな工夫
小野さん:「やっぱり藤井奈々ちゃんですかね。今はもう高校を卒業していますが、本当に小さい頃から見ているので、ぜひとも女流棋士になってほしいと思います。奈々ちゃんは実は私の将棋教室で開催している将棋教室の優勝者なんです。奈々ちゃんだけに、第7回開催時に優勝したことや、羽生さんに憧れて赤い帽子を離さなかったことなんかが今でも印象に残っています。選手権でも2度優勝しているので実力も折り紙つきです」
彰子:「私も藤井さんにお会いしたことがあるんですが、小野さん同様に本当に将棋が好きなんだなというのが伝わってきました。藤井さんのような卒業生を育てるために、子どもたちに将棋を指導するにあたり何か心掛けていることはありますか?」
小野さん:「将棋教室に入学する前と、しばらく経ってからで2種類のアンケートをとるようにしています。入学時のアンケートは子どもたちの棋力を知るために将棋の経験と知識についての質問をします。例えば将棋の正しい並べ方は分かりますか?駒の名前と種類は分かりますか?といった感じです。そして将棋ができるようになってきた頃に、今度は対局マナーについてのアンケートを行います。例えば、対局は礼儀正しく『お願いします』の一言で始めていますか?負けた時は「負けました」と「はっきり」言っていますか?などです」
彰子:「棋力を知るためのアンケートはよくありますが、対局マナーについてのアンケートというのはユニークですね」
小野さん:「先ほど申し上げたことと少しかぶってしまうのですが、将棋の基本はやはり礼儀作法にあると思います。定期的に子どもたちにもそれを意識してもらえるように工夫することで、自然と身に付くといいなと思っています。アンケート他にもうちの場合だと、将棋大会の1番2番といった賞の他にも、お手伝いがんばってくれたで賞などを作って、将棋教室に参加してくれた子どもたち全員に何か賞をあげるようにしています。すると、入校したて、低学年の頃には、ゲームとしての将棋にしか興味がなかった子どもたちも、高学年に上がる頃には、こちらから声をかけなくても自ら盤駒を並べたり、きっちり片付けたりするようになり、将棋の礼儀作法は将棋道具の大切さを分かってくれるようになります。」
彰子:「全員に賞をあげることができるというのは、子どもたち一人ひとりをちゃんと見ていないとできないことだと思います。小野さんは将棋もそうですが、きっと子どもたちのことも好きなんですね。」
編集後記
小野さんとは、数年前「日中交流こども将棋大会」にて上海で一度お会いしたことがありました。今回は地元京都での子どもへの将棋普及の様子のお話を聞けるのを楽しみにしていました。 今回お話を聞いてまず驚いたのは、小野さんの行動力です。地域の方やスポンサーなどいろいろ方と次々と大会や子ども合宿などを手がける行動力が素晴らしいなと思いました(見習いたいです!)。
きっと小野さんの将棋への熱い想いが様々な方の心にも火をつけるのだろなーと思いました(^ ^)
それと、小野さんの人徳の深さに感銘を受けました。 小野さんは、子ども教室の講義後に、子どもたちの対戦成績のカードを日誌に書き写しているとのことです。そこには、今日一日、対局と大盤解説はこの棋譜を並べたなどの記録が書いてありました。「これがけっこう時間がかかるのです。」と笑っていましたが、一人一人の成績などを振り返り、次回その子に合ったアドバイスや指導をされているようで、日誌に書かれていること以上に子どもたちのために時間も手間も惜しみなく使っているのだなと感心しました。
また、勝敗の賞もあるようですが、「頑張ったで賞」など、ちょっとした賞も作り、小さなプレゼントをいつも準備しているとのこと。子どもたちが、「将棋教室楽しい」と思ってもらえるような工夫をたくさんされているように感じました。「熱心な親御さんは遠くから送り迎えをして連れてきてくれますよ。」と言っていたのも頷けます。 今回は色んなお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました(^ ^)
道場データ
道場名称 | 山科・小野将棋教室 |
場所 | 京都府京都市山科区椥辻中在家町28-172 |
営業時間 |
土曜日。月3回 |
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